最高裁判所第三小法廷 平成10年(受)128号 判決
上告人
安藤忠男
右訴訟代理人弁護士
成田龍一
被上告人
宮下清
右訴訟代理人弁護士
岩井羊一
右訴訟復代理人弁護士
竹内浩史
同
高森裕司
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
上告人の控訴に基づき、第一審判決中上告人敗訴部分を取り消す。
前項の部分につき被上告人の請求を棄却する。
被上告人の附帯控訴を棄却する。
被上告人は上告人に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成九年九月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
上告人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理由
上告人代理人成田龍一の上告受理申立て理由について
一 原審の適法に確定した事実関係の概要及び記録によって認められる本件訴訟の経緯等は、次のとおりである。
1 被上告人は、第一審判決別紙物件目録記載の土木機械(以下「本件バックホー」という。)を所有していたが、平成六年一〇月末ころ、光井信俊ほか一名にこれを盗取された。
2 上告人は、平成六年一一月七日、無店舗で中古土木機械の販売業等を営む結城政一(以下「結城」という。)から、本件バックホーを三〇〇万円で購入し、その代金を支払って引渡しを受けた。右購入の際、上告人は、結城が本件バックホーの処分権限があると信じ、かつ、そのように信ずるにつき過失がなかった。
3 平成八年八月八日、被上告人は、上告人に対して本件訴訟を提起し、所有権に基づき本件バックホーの引渡しを求めるとともに、本件バックホーの使用利益相当額として訴状送達の日の翌日である同月二一日から右引渡済みまで一箇月四五万円の割合による金員の支払を求めた。
上告人は、右金員の支払義務を争うとともに、民法一九四条に基づき、被上告人が三〇〇万円の代価の弁償をしない限り本件バックホーは引き渡さないと主張した。
4 第一審判決は、上告人に対して、(一) 被上告人から三〇〇万円の支払を受けるのと引換えに本件バックホーを被上告人に引き渡すよう命じるとともに、(二) 上告人には本件訴え提起の時から物の使用によって得た利益を不当利得として被上告人に返還する義務があるとして、平成八年八月二一日から右引渡済みまで一箇月三〇万円の割合による金員の支払を命じた。
5 上告人が控訴をし、被上告人が附帯控訴をしたが、第一審判決によって本件バックホーの引渡済みまで一箇月三〇万円の割合による金員の支払を命じられた上告人は、その負担の増大を避けるため、本件が原審に係属中である平成九年九月二日に、代価の支払を受けないまま本件バックホーを被上告人に引き渡し、被上告人はこれを受領した。被上告人は引渡請求に係る訴えを取り下げた上、後記二記載のとおり請求額を変更し、他方、上告人は後記二記載のとおり反訴を提起した。
二 本件は、以上の経緯から提起された本訴と反訴であり、(一) 被上告人が上告人に対して、不当利得返還請求権に基づく本件バックホーの使用利益の返還請求又は不法行為による損害賠償請求権に基づく賃料相当損害金の請求として、訴状送達の日の翌日である平成八年八月二一日から前記一5の引渡しの日である平成九年九月二日まで一箇月四〇万円の割合により計算した額である四九七万〇九五〇円の支払を求める本訴請求事件と、(二) 上告人が被上告人に対して、民法一九四条に基づく代価弁償として三〇〇万円の支払と、右引渡しの日の翌日である平成九年九月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金等の支払を求める反訴請求事件からなる。
三 原審は、右事実関係の下において、次のとおり判断し、(一) 被上告人の本訴請求を二七三万二二五八円(平成八年八月二一日から平成九年九月二日まで一箇月二二万円の割合により計算した額)の支払を求める限度で認容し、(二) 上告人の反訴請求を三〇〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成九年一一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で認容した。
1 結城は民法一九四条にいう「其物ト同種ノ物ヲ販売スル商人」に当たり、上告人は民法一九二条所定の要件を備えているから、上告人は、被上告人の本件バックホーの引渡請求に対して、民法一九四条に基づき代価の弁償がない限りこれを引き渡さない旨の主張をすることができる。
2 占有者が民法一九四条に基づく主張をすることができる場合でも、代価が弁償されると物を返還しなければならないのであるから、本権者から提起された返還請求訴訟に本権者に返還請求権があると判断されたときは、占有者は、民法一八九条二項により本権の訴え提起の時から悪意の占有者とみなされ、民法一九〇条一項に基づき果実を返還しなければならない。したがって、被上告人は本件バックホーの引渡請求に係る訴えを取り下げてはいるが、上告人が本件バックホーをなお占有していれば、被上告人の右請求が認容される場合に当たるから、上告人は、本件訴え提起の時から引渡しの日まで本件バックホーの果実である使用利益の返還義務を負う。
3 上告人は、民法一九四条に基づき、被上告人に対して代価の弁償を請求することができると解すべきであり、右債務は反訴状送達の日の翌日から遅滞に陥る。
四 しかしながら、原審の右判断のうち2及び3の遅滞時期に関する部分は、いずれも是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 盗品又は遺失物(以下「盗品等」という。)の被害者又は遺失主(以下「被害者等」という。)が盗品等の占有者に対してその物の回復を求めたのに対し、占有者が民法一九四条に基づき支払った代価の弁償があるまで盗品等の引渡しを拒むことができる場合には、占有者は、右弁償の提供があるまで盗品等の使用収益を行なう権限を有すると解するのが相当である。けだし、民法一九四条は、盗品等を競売若しくは公の市場において又はその物と同種の物を販売する商人から買い受けた占有者が同法一九二条所定の要件を備えるときは、被害者等は占有者が支払った代価を弁償しなければその物を回復することができないとすることによって、占有者と被害者等との保護の均衡を図った規定であるところ、被害者等の回復請求に対し占有者が民法一九四条に基づき盗品等の引渡しを拒む場合には、被害者等は、代価を弁償して盗品等を回復するか、盗品等の回復をあきらめるかを選択することができるのに対し、占有者は、被害者等が盗品等の回復をあきらめた場合には盗品等の所有者として占有取得後の使用利益を享受し得ると解されるのに、被害者等が代価の弁償を選択した場合には代価弁償以前の使用利益を喪失するというのでは、占有者の地位が不安定になること甚だしく、両者の保護の均衡を図った同条の趣旨に反する結果となるからである。また、弁償される代価には利息は含まれないと解されるところ、それとの均衡上占有者の使用収益を認めることが両者の公平に適うというべきである。
これを本件について見ると、上告人は、民法一九四条に基づき代価の弁償があるまで本バックホーを占有することができ、これを使用収益する権限を有していたものと解される。したがって、不当利得返還請求権又は不法行為による損害賠償請求権に基づく被上告人の本訴請求には理由がない。これと異なり、上告人に右権限がないことを前提として、民法一八九条二項等を適用し、使用利益の返還義務を認めた原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由がある。
2 本件において、上告人が被上告人に対して本件バックホーを返還した経緯は、前記一のとおりであり、上告人は、本件バックホーの引渡しを求める被上告人の本訴請求に対して、代価の弁償がなければこれを引き渡さないとして争い、第一審判決が上告人の右主張を容れて代価の支払と引換えに本件バックホーの引渡しを命じたものの、右判決が認めた使用利益の返還債務の負担の増大を避けるため、原審係属中に代価の弁償を受けることなく本件バックホーを被上告人に返還し、反訴を提起したというのである。右の一連の経緯からすると、被上告人は、本件バックホーの回復をあきらめるか、代価の弁償をしてこれを回復するかを選択し得る状況下において、後者を選択し、本件バックホーの引渡しを受けたものと解すべきである。このような事情にかんがみると、上告人は、本件バックホーの返還後においても、なお民法一九四条に基づき被上告人に対して代価の弁償を請求することができるものと解するのが相当である。大審院昭和四年(オ)第六三四号同年一二月一一日判決・民集八巻九二三頁は、右と抵触する限度で変更すべきものである。
そして、代価弁償債務は期限の定めのない債務であるから、民法四一二条三項により被上告人は上告人から履行の請求を受けた時から遅滞の責を負うべきであり、本件バックホーの引渡しに至る前記の経緯からすると、右引渡しの時に、代価の弁償を求めるとの上告人の意思が被上告人に対して示され、履行の請求がされたものと解するのが相当である。したがって、被上告人は代価弁償債務につき本件バックホーの引渡しを受けた時から遅滞の責を負い、引渡しの日の翌日である平成九年九月三日から遅延損害金を支払うべきものである。それゆえ、代価弁償債務及び右同日からの遅延損害金の支払を求める上告人の反訴請求は理由がある。そうすると、反訴状送達に先立つ履行の請求の有無につき検討することなく、被上告人の代価弁償債務が右送達によってはじめて遅滞に陥るとした原判決の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由がある。
五 以上の次第で、原判決のうち、被上告人の本訴請求に関する上告人敗訴部分及び上告人の代価弁償請求に関する上告人敗訴部分は、いずれも破棄を免れず、被上告人の本訴請求を棄却し、上告人の代価弁償に関する反訴請求を認容すべきであるから、これに従って原判決を変更することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官金谷利廣 裁判官千種秀夫 裁判官元原利文 裁判官奥田昌道)